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米百俵


私は、中小企業としては社員教育に力を入れているつもりです(大企業や中小企業で、もっと社員教育に力を入れている会社は多いと思いますが…)。何故社員教育に力を入れるのか?
1.機械・設備では大手にかなわないが、社員力なら中小でも大手に勝つことが出来る、と信じるからです
2.人間としての教育は家庭と学校が責任を負うべきだと思いますが、どのような社員になって欲しいか指導する社員教育は会社が責任を負うべきと考えるからです。
3.社員教育は短期間ではできません。社員教育を長期間かけて行って初めて社員に好ましい変化が起きる。管理職が変わり、社員が変わり、会社が目指す社員像になって初めて顧客から信頼される社員となれる、と信ずじるらです。
4.同じことを私が話すと社員は理解できなくて、外部の講師が話すと頭に入る事実を知りました。

ところで、表題の米百俵という言葉を覚えていますか?小泉元首相が言ったことで覚えているかもしれません。ネットで見つけた解説を引用します:
『江戸時代、長岡は牧野家という譜代大名が統治していました。戊辰戦争の際、会津藩討伐のために侵攻して来た西軍(新政府軍)に対して、長岡藩は国際法にのっとり中立を主張しました。しかし、これは薩長に全く聞き入れられず、やむなく会津藩と共に東軍(奥羽越列藩同盟)として戦わざるを得ませんでした。残念ながら戦さに破れ、長岡の城下町は焦土と化し、長岡藩は7万4千石から2万4千石に減封されました。戦後の藩士の生活は窮乏を極めたため、支藩三根山藩から米百俵がお見舞いとして送られました。当時、藩政を担っていた大参事小林虎三郎は、将来のために教育の充実が第一であると考えていました。そして、彼はこの米百俵を藩士に分配せずに売却することを計画しました。その資金で学校を設立し、将来の長岡や日本を背負う人材を育成しようと考えたのです。当然自分達に分配されると思っていた長岡藩士達は断固反対しましたが、彼はこれをようやく説得して国漢学校を設立しました。そして、藩士の子弟のみならず、町民や農民の子弟も入学させて、後の長岡の教育の礎を築きました。 山本五十六元帥の母校である旧制長岡中学(後の県立長岡高等学校)はこの国漢学校の流れを汲んでいます。つまり、長岡藩士とその家族が米百俵をたら腹食べていたら、山本五十六元帥も県立長岡高等学校もなかったかもしれません。』

中小企業では、業績が良いと社員教育を行い、業績が悪化すると社員教育を止める会社があります。社員教育を止めてしまうと、そこまで蓄積したものが社員から消えてしまいます。目先の損得に惑わされるのではなく、将来に備えた教育を継続的に実施することが重要だと私は信じます。

「社員の質が悪い、レベルが低い」と嘆く経営者は失格だと思います。社員のレベルを上げることは経営者の大事な仕事です。私は、OJT(会社内での教育)、業界の講習会、ジェイック社のセミ・ホーダイ(社外研修)、講師を招いての勉強会、社員に私が推薦する本を読んでもらう、このブログで私の考え方を社員に伝える(複数の事業所の社員に文章で伝える)、といった方法で社員教育を今後も進めていき、取引先からコーワの社員はキチンとしていると評価されるようにしたいと想います。

おまけ
おバカタレントをテレビでよく見かけます。本当に常識がなく、親は何をやっていたのだろう?親は恥ずかしくないのか?といつも思います。子供時代にちゃんと勉強をする習慣を身に付けさせる(勉強をさせて基礎的な知識を身に付けさせる)のは親の責任です。ですから子供の恥は親の恥です。中学受験の是非はあると思いますが、小さい時にきっちり勉強させるというのは子供の将来にとても重要です。大学受験も非常に貴重な経験です。

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| お仕事 | 07時28分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑















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